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世界に誇るにっぽんの文化、カラオケ
誕生後、わずか30年足らずで1兆円産業にまで発展したカラオケ業界。
今や世界各国至る場所で楽しまれていますよね。
皆さんも1度は「カラオケ」を利用した事、あるのではないでしょうか。
この「カラオケ」、実は日本で誕生したこと、ご存知でしたか?
今回は、カラオケの歴史をご紹介していきましょう。
「カラオケ」の誕生は、1970年代前半に遡ります。
カラオケの原点には諸説ありますが、その中の1つが、ギターアンプとマイク、そしてカーステレオが合体したもの。
それまで、ナイトクラブなど“夜の市場”では、お店ごとにバンドマンが常駐していて、バンド演奏に合わせて歌ったり踊ったり音楽を聴いたりするのが主流でした。
また、音楽を聴くだけなら「レコードプレイヤー」や「ジュークボックス」といった機械が浸透していた時代です。
しかし、聴く為だけではなく、「歌手のように伴奏にのって歌う事が出来る機械」が登場した事で、流行に早い人たちの間ではすぐさま話題になったようです。
アンプによる“エコー機能”によって、今までより歌が上手に聞こえるという所も、人気の理由の1つになったのでしょう。
勿論、バンドマンを何人も抱えるよりコンパクトな設計なのは、人が大勢集まるナイトクラブにとっても嬉しい話しですよね。
その後、様々な形式の「カラオケの原点たち」は、神戸や大阪などの繁華街を中心に、急速に普及していきました。
ただし、これらのカセットの収録は、数曲程度。
手作業でのカセット入れ替えは、さぞかし大変だったでしょうね。
しかし、新しい産業「カラオケ」に目を付けた、家電?音響?カラオケ専門メーカーの技術やアイデアの競争によって機能改良も進み、誕生後10年でカラオケ愛好者も大幅に増えていきました。
ちなみに、「カラオケ」という言葉は、「空のオーケストラ」だという事、ご存知でしたか。
ボーカル、つまり歌の入っていない伴奏部分だけの音楽、という事なんですが、この略語自体も何だか日本らしいと思いませんか?
1980年代初めには、その後のカラオケ文化を大きく変える技術が続々と登場しました。
レーザーディスクやビデオを使用する「映像カラオケ」と「オートチェンジャー」が、それです。
1970年代のカラオケといえば「カセットテープの伴奏に合わせて歌詞カードを見ながら歌うもの」だったとご記憶の方もいらっしゃるでしょうね。
お酒を飲みながら歌を歌いたいけど、マイクと歌詞カードを持つとグラスが持てない…とカラオケを遠慮していた方も多かったようです。
また歌詞カードを探すのが手間だ、文字が小さくて読みづらいという欠点もありました。
それが「レーザーカラオケ」の出現で一気に解消されたのです。
「レーザーディスク カラオケ」、通称「える?でぃーLD」は、画面に背景画像や歌詞のテロップが流れ、モニター画面を見て歌えるという、当時としては画期的なシステムでした。
「絵の出るカラオケ」と呼ばれ、お店用だけでなく家庭用の機器もたくさん生まれました。
お酒を飲みながら使用する、「大人の娯楽」というイメージだけではなく、家族で楽しくカラオケをする姿が徐々に見られるようになったのもこの時期です。
また、現在では主流となっている“リモコンによる選曲”が可能な「オートチェンジャー」も、この頃誕生しました。
コンパクトで簡単に操作でき、人間によるカセットの入れ替えなども必要ないこのシステムは、旅館やホテルなどのバンケット市場にも浸透しました。
また、海外へ「カラオケ」の輸出が始まったのもこの頃です。
勿論よいことばかりではなく、1979年、大阪府八尾市で「カラオケ防止騒音条例」が施行されるなど、大きな社会現象も呼び起こしました。
カラオケが浸透しても、「カラオケ」が出来る場所といえば、やはり酒場市場や旅館の大広間などが主流でした。
「知らない人の前でステージにあがって歌う」というシステムの中で、歌う事は好きだけど見知らぬ人の前では恥ずかしくて歌えない、練習しようにも家庭用のカラオケ機器を持っていない…という方もたくさんいらっしゃったと思います。
1985年に生まれた「カラオケボックス」は、そんな人々に嬉しい発明でした。
船舶用コンテナを改造した「屋外型カラオケボックス」が岡山県に登場したのです。
貨物コンテナを再利用した空間の中で、「知り合いだけを前にして歌うカラオケ」が誕生し、その後も発展の一途を遂げます。
不特定多数の人々がカラオケを利用するので、ここでも自動で曲目を選び、演奏してくれる「オートチェンジャー」が重宝されました。
カラオケボックスは、酒場市場、バンケット市場に加え、まったく新しい市場を生みました。
それは「若者層」そして「家族層」。
「カラオケ イコール 大人の娯楽」というイメージが濃かった時代がようやく明け、ジュースを片手に休日の昼間にも手軽に利用できるという印象が強まった時期でもあります。
タンバリンやマラカスといった楽器を使った演出も、楽しい感じがしますよね。
騒音などの問題もあり、郊外を中心に広まったカラオケですが、繁華街やビジネス街などにも防音効果を高めた屋内型の「カラオケボックス」や「カラオケビル」が登場し、全国的なブームを呼び始めました。
1990年代初頭には、ただ単に「歌をうたう」だけではなく、歌の採点機や照明システム、拍手やハモリ機能、カロリー計算機能など、歌を盛り上げる為の機能も登場しました。
1992年に、現在主流のシステム、通信カラオケ」が登場しました。
曲数の多さや新譜リリースの早さなどが好評で、瞬く間にカラオケ市場に浸透したのです。
カラオケが登場した1970年代には、1つのカセットに数曲しか収録されていなかったものが、現在ではおよそ10万曲の収録曲がカラオケボックスの一室で選ぶことが出来るんです。
高音質の伴奏と高画質の映像、様々な演出をうけながらカラオケを利用する事で、30年前に比べて上手に歌えるようになった、という方もいらっしゃるそうですよ。
もはや映像は当然のように動画ですし、最近では本物のアーティストが出演しているビデオが映し出される事もあります。
アーティストと同じ空間で歌っている、アーティストになった気分で歌えるというのも、通信カラオケの醍醐味の1つかもしれませんね。
2004年9月、アメリカ ハーバード大学で行われた「イグ·ノーベル賞」で、「カラオケ発明者」が「イグ·ノーベル平和賞」を受賞しました。
ユーモアにあふれ、科学への関心を高めた研究に贈られるこの賞ですが、カラオケ発明者への授賞理由は「カラオケを発明し、人々に互いに寛容になる新しい手段を提供した」こと。
受賞したのは、先ほどお話しした、「ギターアンプ·マイク·カーステレオ」を利用してカラオケ機器を作成した、いのうえ だいすけ井上大祐さんです。
受賞式に登場した井上さんは、「人々に歌うことを教えたくてカラオケを発明した」と、ユーモアを交えて語りました。
また、受賞会場では、『I'd Like to Teach the World to Sing』、日本語で「世界に歌うことを教えたい」という曲の“カラオケ”が流れ、会場全体で歌うという、微笑ましい光景も見られました。
「人々を笑わせ、そして考えさせた」研究に贈られるイグ·ノーベル賞。
確かに、カラオケを歌うことで、周りの友達と心を一つにしたり、笑いあったり、様々な気持ちに気付いたり…ストレス解消にもなるカラオケには、一種の魔法が備わっているのかもしれませんね。
誕生してから、まだ30年ほどしか経たない「カラオケ」ですが、いつの時代も技術の最先端を走っているといっても過言ではありません。
21世紀を迎える現在でも、カラオケはどんどん進化しています。
家庭用のカラオケ機器の中には、コンパクトなマイク一体型が登場していますし、テレビでは「カラオケ専門チャンネル」が、24時間·様々なジャンルのカラオケビデオを放送しています。
また、携帯電話の画面を見ながら歌うことができる「カラオケコンテンツ」なども好評ですよね。
カラオケは「いつでもどこでも誰でも楽しめる文化」として、私たちの生活に不可欠な、普遍的なものになっています。
これからの進化·発展を期待しながら、皆さんも是非カラオケで楽しんでみてはいかがですか。
今回は「カラオケ」について、ご紹介しました。